立教で培った奉仕の精神を胸に。若い世代と共に新しい社会を描く

衆議院議員 吉田 はるみ さん

2026/01/07

立教卒業生のWork & Life

OVERVIEW

国会議事堂の後方に立ち並ぶ議員会館。政治の中枢ならではの独特の緊張感が漂う中、衆議院第二議員会館にて、朗らかな笑顔で出迎えてくれたのは、衆議院議員の吉田はるみさんだ。

立教大学を卒業して以来、東京?シンガポール?ロンドンを拠点にグローバルなキャリアを築いた後に、政治の世界に入る。常に新たな世界に挑み続けてきた吉田さんは、山形県の自然豊かな河北町で育った子ども時代から、すでに「海の向こう」を夢見ていたという。

「小さな町ですが、近くに空港があり、『この先に広い世界が広がっているんだ』と思うとワクワクして。自分も空を飛びたい、海外を舞台に仕事がしたいと思うようになったのです」

衆議院第二議員会館の国会事務所にて

その夢に近づくため、国際的なイメージがあった立教大学へ進学。英語は得意だったものの、「言語は身に付けたいが、違う分野を学びたい」と考えていた吉田さん。父が観世流の謡曲を嗜んでいたこともあり、文学や伝統芸能への興味から、文学部を選び日本文学を専攻した。

他にも大学で挑戦してみたかったのが、実際に空を飛ぶこと。入学後の新歓イベントで、ふと目に留まったのが「熱気球会」(当時)の文字だった。

「立教は関東圏でも珍しい、熱気球サークルがあった大学です。『泥だらけになるし、力仕事も多い』と聞いて、自然の中で育った私に向いているかもと(笑)。毎週末、栃木県の渡良瀬遊水地へ車を走らせ、早朝からフライトして……楽しかったですね」

学業面では、日本近世文学を専門とする渡辺憲司先生(現名誉教授)に師事。卒業論文は地元?山形の歌舞伎について、長期間帰省をして、一次資料に当たりながら執筆した。

「渡辺先生には、一つのことを徹底的に探究する面白さを教わりました。おおらかで学生を信じて任せる方なので、自然と自主性も育まれましたね」

渡辺先生は後に立教新座中学校?高等学校の校長に就任。東日本大震災の直後に卒業生に贈った「時に海を見よ」というメッセージ※1は大きな反響を呼び、多くの人の心を打った。

「私もプリントアウトして壁に貼っていましたが、先生らしい素晴らしい言葉でした。卒業後も海外の大学院への推薦状を書いていただいたり、議員になってから激励に来てくださったり、いまだにお世話になり続けています」


※1 2011年3月、東日本大震災の影響で立教新座高等学校の卒業式が中止となった際、学校のWebサイトで公開された渡辺憲司校長(当時)によるメッセージ。後に書籍化された。

グローバルなキャリアを経て飛び込んだ政治の世界

卒業後はグローバルな環境で働きたいという夢をかなえ、シンガポール航空で勤務する。だが、やりがいを感じながらも「もっと自分の力を試したい」という思いが募り、出産を経て、アメリカのベンチャーキャピタル※2に転職。日本支店のマネージャーに抜擢され、未経験の金融業界に踏み出した。

しかし、「専門知識や経験の乏しさから悔しい思いをすることが多かった」といい、壁を打破するためにイギリスの大学院でMBAを取得。以降は大手コンサルティングファームに身を置き、経営コンサルタントとしてロンドンを拠点に活躍を続けた。

世界のビジネスシーンで、力強くキャリアを切り拓いてきた吉田さん。ところが、母の闘病を機に、自らの人生観が大きく揺さぶられることになる。

「母が病気で倒れた時に、さまざまな公的支援制度があることを知って。『ピンチの時にセーフティーネットになるのが政治の力なんだ』と、社会保障の大切さを痛感したのです」

その後、自身も甲状腺がんと向き合うことに。病を克服した時、自分の中に確かな意志が芽生えていた。

「病気から救われたことには、きっと意味がある。政治を通して誰かの役に立とう——そう心に決めました」


※2 ベンチャーキャピタル:未上場企業に対して株式取得等を通じて資金を提供し、成長を支援する投資会社。

2012年、小川敏夫法務大臣の大臣秘書官を務める

さらに、「その決断には、立教で学んだことも影響しています」と吉田さんは続ける。

「キリスト教の『奉仕の精神』が根底にあったのだと思います。築地にある『立教学院発祥の地』の記念碑には、『すべての人に仕える者になりなさい』という聖書の一節が刻まれています。この言葉は、政治活動における大切な指針になっています」

政治の世界に足を踏み入れた吉田さんに、最初の転機が訪れたのは2012年。立教大学の先輩であり、当時、法務大臣を務めていた小川敏夫さん※3の大臣秘書官として働くことになったのだ。

「もともとは立教大学の卒業生の紹介でお会いし、何かと気にかけてくださっていたのですが、ある日突然電話がかかってきて、『大臣になった。秘書官をやってくれ』と。『私でいいんですか?』と戸惑いましたが、同じ立教出身という縁で信頼を寄せてくださったのだと思います」


※3 小川敏夫:1966年立教高等学校卒業、1970年立教大学法学部卒業。参議院議員を4期務め、法務大臣、参議院副議長などを歴任。
「期待されたら倍にして返すタイプ」という吉田さんは、実務を精力的にこなしながら、政界の最前線で経験を積んだ。しかし、2017年の衆議院議員選挙では惜しくも落選。その後は、海外でのビジネス経験を生かして複数の大学で教員を務めながら、根気強く街頭に立ち続ける日々を送った。

そして2021年、再び挑戦した衆院選でついに初当選を果たす。

「知名度のない新人が当選できたのは、前回の落選以降、住民の皆さんがしっかり見ていてくださったということに尽きます。『一人で頑張っていたね』『よくあの場所に立っていたよね』といった言葉をたくさんかけていただき、感無量でした」

2021年の衆議院議員選挙で初当選

型にとらわれず自然体で挑み、新しい政治家像をつくりたい

若者の可能性を信じて教育政策に力を注ぐ

吉田さんは2024年に党の代表選に立候補し、健闘したことでも注目を集めた。議員2期目を迎えた今も「普通の感覚や自然体でいることを大事にしている」といい、「従来のイメージにとらわれない、新しい政治家像をつくっていきたい」とほほ笑む。注力している分野を尋ねると、即座に「教育ですね」という答えが返ってきた。

「大学教員時代に実感したのですが、学生たちはわずか1年でも驚くほど成長します。本当は、誰もが大きな潜在能力を持っている。若い世代がもっと自己肯定感を持って活躍できる国になれば、社会は変わると信じています」

現役の学生との交流や学びの場づくりにも積極的に取り組んでおり、インターン生の受け入れのほか、社会課題について若者と共に学ぶ「吉田ゼミ」を月1回開講中※4だ。

「目指すのは『みんなで一緒につくる政治』。立教生の皆さんも、興味があればぜひ来てください」

さらに、自らのキャリアを踏まえ、「勉強でも他のことでも、ぜひ大学時代に何かに熱中する経験をしてほしい。それが、必ずその後の人生を切り拓く鍵になりますから」と後輩たちへエールを送る吉田さん。未来を担う若い世代のために、そして「すべての人」のために——。立教精神を胸に、その挑戦はこれからも続いていく。


※4 インターンの対象は大学生?大学院生で、吉田議員や事務所の業務サポートを通して、実際の政治の世界を体験できる。「吉田ゼミ」の対象は高校生?大学生?専門学校生?大学院生で、吉田議員や外部講師による社会課題に関するレクチャーを月1回実施。

プロフィール

PROFILE

吉田 はるみ

衆議院議員
1995年 文学部日本文学科(当時)卒業

山形県出身。大学卒業後、シンガポール航空を経て、アメリカに本社を置くベンチャーキャピタルへ転職。2002年、イギリス?バーミンガム大学大学院に入学し、MBAを取得。KPMGヘルスケアジャパン株式会社で勤務した後、2009年、民主党(当時)の国会議員候補者公募に応募。大臣秘書官や大学教員を経て、2021年の衆議院議員選挙で初当選。2024年9月に立憲民主党の代表選に立候補、10月の衆院選で2期目の当選を果たす。

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